トップページ

子育て、教育の悩みの相談に応じます。

 皆さんは、子育ての悩みがあった時誰に相談しますか?普段親しい人でも、話せないことがありませんか?私は30年ほど子育て、教育の相談に乗ってきました。今は月に2回定期的な相談の会を開いています。講演会は数えないくらいやってきました。本は共著が多いのですが、50冊ほど書きました。

 私の専門は幼児教育学、教育学です。早稲田大学を卒業後、大学院でも学び、白梅短期大学、その後明星大学で今年の3月まで教えていました。その間早稲田大学で20年教育学部、人間科学部で教えました。今は子どもの幸せのため、そしてご家族の幸せのために少しでもお手伝いが出来ればいいな、と思って居ます。

 2015年7月3日 もっと、子どもたちが、感動し、体全体を使って冒険が出来る生活が出来るといいな。助け合って生活が出来る子どもになってほしいな。物や金に追われる生活ではなく、生活レベルを下げて一緒に生活できる社会にしたいな。北欧のような社会にしたいな。71歳の男は真剣に考えます。このままでは日本の先行きは危ない。真の豊かな国とは、弱い人へ目を向ける国です。貧困問題、いじめ、虐待、戦争に向かう政府、差別、ヘイトスピーチ等取り組むべき課題は山積しています。同じ日本人として真の愛国心を持って立ち上がりましょう!

7月6日   「集団的自衛権」関連の法案を政府は15日にも委員会で決議しようとしています。国民の5割以上が違憲だとして反対し、6割が理解していない法案を無理に決めることは民主主義に反対しています。公明党は何をしているのか!民衆の党、平和政党とは程遠くなってしまったと断言せざるを得ない。

これから日本の国で生きて行く子どもたちに代わって反対の声を一層高くすることだ!

7月9日(木)   私は、単に政治のことを言っているのではありません。日本の子ど子もたちを思って言うのです。今の子どもたちが大きくなった時に、どういうことを思うのか。その事を考えるときに、今無責任なことをしていたら取り返しがつかなくなるのです。この国に生まれ、この国で生きることが誇りに思える社会、国を作って子どもたちに残すことが大人の責任です。あなたはどう思いますか?

7月20日 7月15日に戦争法案が強硬採決され、16日に衆議院で採決されました。総理自身も「国民の理解が得られて無い」と言った法案を何故強硬採決するのか?それは、総理がアメリカを向いているからだ。憲法は、歴史を通して横暴な時の支配者と戦って人間の尊厳を守り、人権を尊重することを重視した、人類が血を流して勝ち取ったものです。憲法は、政治家や権力者を縛る者です。人間、民衆を政治家や国家権力から守るための者です。

私たちは今回の戦争法案を廃案にするまで、断固戦います。子どもたちの未来を守るために、大人の責任として戦い抜きます。

9月24日  「安保法案」が参議院で通ってしましました。赦せない強行採決です。私たちはこれから生きて行く子どもたちに、自由で平等な民主主義が社会の隅ずみまで行き届くようにする責任があります。真の戦いはこれからです。安倍政治を打破しましょう。




 

10月19日(月)安倍政権は安保法案を強行採決をした。憲法違反、立憲主義に反する安倍政権を来年の参議院選挙で過半数割れに追い込まなければいけません。そのために全野党は一致して戦わなければなりません。現在共産党が提案している「国民連合政府」を実現するために全野党は早急に検討しなければなりません。共産党主導でなくてもよい。

 もしそうしなければこの夏まで国会にあれだけ集まり、また全国で声を上げた国民の心を踏みにじることになります。このことをよく考えてほしい。そうでなければ国民は野党にそっぽを向いてしまいますよ。「安保法廃案」に向けた1点に向けた連合政府の樹立を先ず実現しよう!

 

 

10月28日(水) 子どもたちのいのちが守られ、普通に生活が出来る社会を作りたい。昨日元小学校校長と話し合った。彼は社会の出来事を自分の立ち位置を全く自覚しないで、第三者的な評論家意識で語っていた。私は「可哀そうに」と言う人の無自覚な生活意識が嫌いだ。自分でどんな小さいことでもやろうとする人が好きだ。この校長は己の手を汚さないで、一種高みの見物を楽しんでいるようだ。いつものことなので腹を立てる気もしないが、よくこういう人が校長をやっていたもんだ、と改めて呆れてしまう。世界には、そして日本にも恵まれない子どもたちが今日も泣いて生活をしている。その事を思うとき、このような校長を嘆く暇はない。人のことを評価する暇があるなら、自分を顧みよ、という子どもの囁きの声が聞こえそうな気がする。「己の心の声が聞こえるか?」ともう一人の私の声が湧き上がってくる。

 私の死はいつか? 神様が天にに私を召すその日は、いつか? 分からない。その厳粛な日が分からない。分からない、ということはどういうことか? それは「私自身がなすべきことを日常生活の中で誠実に心を込めてなすこと」を意味するのであろう。イエス様は「これらの小さい者にしたことは、私にしたのです」と言われた。大きなことではない。この私にイエス様が「しなさい」と言われたことを忠実にすることだ。

10月29日(木) 政府が沖縄の名護市の頭を超えて三つの区に直接援助金を出すというニュースがあった。金で言うことを聞かせようとするやり方に怒りを覚える。沖縄の人たちの心を踏みにじるやり方だ。現政府の政治は腐っている。子どもたちによい政治を作って残さないといけない。地球と人類は神様によって作られた。私たちはすべての人間が平和に、で安心して生きられるように努めなければならない。子どもたちのために特にそのことが問われている。

  2014年度の学校での「いじめ」の報告がなされた。気になることは、マスコミや政府の対応はすべてが間違っているということだ。子どもや学校や親が、そして社会が間違っているとか、それに類する論評合いも変わらず出回っている。根本的な原因は、学校教育の基本が間違っているのだ。もっと、「いのち」を大切にする教育を重視しなければいじめ問題は解決しない。労働能力を育成する教育が政府の本音である。親もその考えに同調している。「生きる力」もその線に沿って進められている。教育で大切なことは「いのち」を大切にする力を育成することだ。このことを考えて教育を推進させなければならない。経済界に左右される教育を脱する時はとっくに来ているのだが。